■英国から見える残虐
高野孝子
3月23日、英国の新聞の一面の写真。見下ろしている二人の英国兵士の顔がこわばっている。何を見ているのかと、上下二つ折りになっていた新聞を広げた。兵士の足下には長さ二メートル足らずのざんごうが掘られ、そこに二人のイラク兵士の遺体があった。ヘリコプターからの激しい銃撃を受け、二人とも首から上はすでにない。薄茶色をした辺りの土に脳みそと思われる赤い塊がへばりついている。体がようやく入るような細長い穴の中で二人の体はつぶれていた。遺体の一つと塹壕の土壁の間には、降伏の意志を示す白い旗が直立し、音なき二人の男性の最後の意図を伝えていた。
「銃の照準を合わせた先が一人の血の通った人間で、親も子どももいるということを考えないんですか」とテレビのインタビュー。兵士が答えた。「銃を向けたらそれは標的。人間だと思いません」
別の新聞の一面には泣き叫ぶ幼児の写真があった。ピンクのかわいらしい上着に包まれているが、柔らかそうな右腕は三角巾で首からつるされ、顔の右半分が耳まで焼けただれ腫れていた。抱きかかえている母親の表情はわからない。たった今見たばかりのテレビの映像では、足先からあごまで重度の火傷を負い病院のベッドで叫んでいる赤ん坊を写していた。大人が数名、懸命に体中に薬を塗ろうとしている。このぼうやは明日には生きてはいない。他にもぼうぜんとした表情の5歳の少女。家の近くで爆発したミサイルの破片が家の窓や壁を突き破って小さな足に突き刺さった。それはせきづいにまで到達し、彼女の左足は二度と動くことはない。頭から体から血が流れ全身血まみれのまま、痛みに耐えながら目も開けられずにうつむいて座っている老人。頭の後ろ半分を吹き飛ばされた少年の映像・・・。
「戦争の本当の姿は軍事的勝利でも敗退でもない。ましてアメリカとイギリス、少数のオーストラリア軍だけが行っている侵略行為を連合軍と呼ぶうその中にもない。たとえ国際政治で認められた戦いであったとしても、結局実際の姿はひどい苦しみなのだ」と長く紛争現場から報道しているジャーナリスト、ロバート・フィスクが3月23日付けのインデペンデント紙に書いている。
私が暮らす英国は、国民の多くが反対や疑問を表明する中、政治家たちの判断でアメリカと共にイラクに武力攻撃を開始した。3月上旬には英国民の8割が、国連決議がない戦争は指示しないとしていたが、数日前のさまざまな調査では声はほぼ半分に割れている。「戦争は始まってしまった。英国の兵士たちが命がけで戦うのをサポートしないわけにはいかない」という声が多い。もちろんブレアの議論に納得し賛同している人たちも少なくない。英国からは4万5千人の兵士がこの戦争のために派遣された。18歳になったばかりの青年を始め圧倒的に若い人たちが多い。バグダットを空爆し続けているB52もイギリスから出ていく。イラクの人たちは、B52が飛び立ったというニュースをアラブの放送局アルジェジーラで聞き、それから6時間後の空爆を計算する。自分たちの頭上に爆弾が落とされるかもしれない恐怖の中に彼らは今暮らしている。
バグダッドに住む17歳の少女の日記が新聞に載っていた。部屋の壁にはディカプリオの写真や楽しげなカードが張ってある。映画や音楽の話が好きな、隣にでも住んでいそうな当たり前の少女だ。もうじき英語の試験だ、いい成績を取らないと、と彼女は心配している。親友が家族ごとダマスカスへ非難するというので抱きあって別れを泣いた。二度と会えないかもしれない。「ブレアとブッシュはどうしてこんなことをするの、私たちが彼らに何をしたの?私たちは平和が欲しい。戦争ではない」。掲載されていた日記の最後の22日にはこう書いてあった。「今日も眠れなかった。午前2時にベッドに入ったけれど、怖くて、そしてものすごく疲れていた。遠くでまた爆発音がした。そして今度はまたすぐ近くで。昨晩、お母さんと思い切って部屋を出て台所の窓から外を見てみた。空はただ赤かった。赤くて赤くて、ひたすら真っ赤だった。私たちの美しい国が。どうして彼らはこんなことをするの?」
テレビからイラクの人たちの生の声を聞くことはなかなかできない。新聞も部外者の目だ。かつニュースで伝えられることは当然各国や各社の操作が入っている。人々はどんな気持ちで何を見ているのか。インターネットから一般市民の目線の情報が伝わってきた。誰も本当の正体を知らないけれど、バクダッド近郊に暮らす29歳の男性サラムがインターネットで日々をつづっている。バグダッドの様子や市民の暮らしに私たちをぐっと近づけてくれる。
「今日(23日)父と弟が街の様子を見に行った。彼らに言わせると兵器は確かにかなり正確にあたっているらしい。でもミサイルや爆弾が炸裂するときにあたり一帯を潰してしまう。アルサラム宮殿(シャハフ情報相がジャーナリストを連れってった所だ)の近くの家々の窓は全部割れていて、ドアも吹き飛び、一つの家は屋根まで崩れていた。でもこれが二次的被害ってやつで、それならいいんだっけ?」。
英語だが、URLはhttp://www.dear_raed.blogspot.com
ブレアやブッシュが言うほど、イラクの人たちはこの戦争によって「解放」されるのを待ち焦がれているのだろうか?サラムはバクダッドの美しい建物が火に包まれるのを映像で見て「むなしくて涙が出た」と書いている。17歳の少女の日記からもこれで一生が終わりかもしれないという気が狂うような恐怖が伝わってくる。新聞の報道でも「ここは自分たちの国だ」というメッセージが多い。「サダムを追放するという話を聞いて喜んだ」というクルド人でさえ、アメリカ攻撃によって伯父を亡くし「サダムが自分たちを攻撃したときには理由があった。自分たちが政権に反乱して立ち上がりイラクの兵士を殺したからだ。けれど自分たちはアメリカに何もしていない。爆撃で死んだ自分のおじさんはとてもいい人だった。誰を傷つけたこともない。アメリカはなぜこんなことをするのだ」と怒りを抑えられずにいた。
こうしている間にも、安全な水を断たれて人々は死んでいく。人口の6割が頼っている食料援助が入らずに飢えていく。人々は仕事ができず、育てた作物が腐っていく。赤十字も国連事務総長も、イラン南部の都市が「人道的大惨事の一歩手前にある」と警告している。それすら力づくで解決しようとしている米英は、国民が彼らを歓迎することを前提にしている。サラムは白旗をあげてひざまずくイラン兵の映像を見ながら、そうするほうが彼らのためなのはわかっているけれど、何か心の奥の方で苦いものがわきあがると書いている。イラクの国家主義、民族結束はよく知られている。米英はこうした爆撃の後に本当にイラクの人々の心を得ることができるのだろうか。サダムがいなくなっても、自分の足がまひし顔には火傷のあとが残り、大切な子どもを亡くしても、その人は幸せだとにっこり笑うだろうか。それが「少数」なら「成功」なのだろうか。
誰のための「成功」なのか。
アフガニスタンが復興したとはお世辞にもいえない。道端では殺人、レイプがレポートされている。爆撃はまだ続いている。この後本当に世界は安全になるのか。少なくとも今は、この紛争によって中東は極めて不安定になっている。エジンバラにも武装した警官が数を増した。これは安全なのか、危険の印か。
ラジオでは英国人ジャーナリストがバクダッドの街に出た時の様子が報道されていた。人々がとにかく暖かく楽しいという。「英国人の自分にどうしてこんなに親切にしてくれるの」と聞くと、その初老の男性は「君たちも独裁者の下で生きているんだろう。我々の国を攻撃することも君にはどうしようにもないに違いない」とにっこり笑ったという。人口6000万人の国で100万人以上が抗議の行進をした後でもそれをまともに考慮しない現英国政権を民主政治を呼ぶのかどうかわからない。ブレアはこれを「リーダーとしてなすべきむずかしい決断」と言った。
テレビ画面に映されるバクダッド空爆の生中継に私は戸惑う。9.11の映像と重なる。ウム・カッサールの銃撃戦のライブ、発射した爆弾が命中して歓声を上げるアメリカ海兵隊員。イラクの戦車に爆撃して猛烈な煙があがった映像を見ながら「これが成功した爆撃の例です」と言うアナウンサーに吐き気がした。戦車には人間が乗っているのだ。兵士たちの誰一人として死にたくないだろう。自分たちで望んだ戦争ではない。少なくともイラクの人たちにとっては侵略者に対する自己防衛だ。安全な場所に自分の身を置きテレビの画像を見ながら、あの炸裂の中の苦しみを想像できないアナウンサーの人間性が恐ろしかった。爆破された戦車の中にいた人と、その人につながる人々の苦しみを「成功した爆撃」というセリフで引き換えにできるものだろうか。
戦争になったら数万人の犠牲者が出るのではという記者からの質問を受けて、ペンタゴンはせいぜい一万から一万5千人だと答えた。それだけ殺してもよいという前提だ。9.11で死んだ人間の数は2801人だ、もし数が問題なのだとしたら。イラク市民一万人の命は価値がないのだろうか。水や食料が断たれたり、薬が切れたり病院に行けないなどの間接的犠牲者のことも忘れてはならない。軍事的に圧倒的に有利にありながら、降伏の旗を上げている兵士たちまで惨めに死んでいることも。
22日青空の下、私が暮らすエジンバラ市の反戦集会に出かけてみた。驚いた。小さな子どもなら自分の意志ではないだろうが、12,3歳の子どもたちがたくさんいた。自分たちで作ったバナーを持ったり、Tシャツにメッセージを書いたりしてあった。8歳くらいの少女が「爆撃を止めよう」というビラを私にくれた。英国では過去1ヶ月、子どもたちが昼に学校を抜けて反戦デモを行う動きがどんどん大きくなっている。阻止しようとする学校もあれば、無断欠席扱いだが意見の表明の自由は認めるという態度の所もある。もちろん遊びで加わる子どももいるだろうが、多くはまじめに考え、この戦争は間違っていると主張する。学校では授業中に今回の戦争をテーマにさまざまな角度から議論をしているらしい。小学2年生の授業でブレアに意見書を書いたところもある。子どもたちの中でデモクラシーとは何かをまともに考えるきっかけになっているに違いない。
エジンバラのデモではムスリムもカトリックもいた。パキスタン人も中東やアフリカ出身の人たちも東洋系も。パレスチナの旗を持っている人が目立った。英国政府はもっとも肝心な問題に向かっていないという不満が人々の中にある。広場いっぱいに集まった数は数千人。在エジンバラのイラク人、クルド人らもマイクを持って訴えた。イラクに家族が暮らしている。彼らは恐怖に脅えている。電話で毎日泣いている。爆撃を戦争を、このテロをやめて、と。ドラムや笛などの鳴り物と一緒に行進が始まった。いったいどこにいたのだろう、どんどんと人数が膨らんでいった。途中、道を歩いている人たちと会話がある。「この国の兵隊さんが命をかけてるのよ、そんなばかなことしないで応援しないと」「その人たちがこの無用な戦争で犬死にしないうちに戻ってきてもらいましょう」などとやりとりがある。
「ブッシュ、ブレア、CIA、今日は何人子どもを殺したの?」とラップ調に歌いながら行進する。他にも「ジョージ・ブッシュ、知ってるよ。あんたの父ちゃんも殺人者だったね」「これがデモクラシーってやつらしいよ、デモクラシーってのはこんな感じがするもんだよ、」。
歌いながら平和に行進は続きアメリカ領事館、スコットランド政府首相官邸などにアピールした。平和的とは言っても主要な道路が封鎖されるので大きな交通妨害ではあった。6歳くらいの少年があどけない口調で「ブッシュ、ブッシュ、テロリスト」と他に合わせて歌っているのを聞きながら、アメリカや英国が将来にわたって支払うコストを軽く見てはならないと思った。
警察発表では4-5000人のデモだったというが、1.5キロの道路を埋め尽くしていた様子からすると一万人近くはいたのではないだろうか。人口比でいうと東京でなら40万人のスケールとなる。同じ日に英国のあちこちでデモがあり、全体では20万人以上が反戦を訴えて外を歩いたそうだ。ブレアは国民の団結を求める演説をしたが、イラクが英国にとって直接かつ緊急の脅威だという説明に納得していない人たちは多い。しかも査察団長があと何ヶ月か時間があれば自分たちの仕事を完遂できるという見通しを持っていたのに。武力行使の目的は大量破壊兵器を取り除くことだったはずが、いつのまにかサダム追放になっている。いつのまにか「多少、人が死んでも」今の政権が転覆したほうがイラクの人のためにいいという話になっている。首を傾げる人は多いが、英国は野党である保守党が戦争支持で、逆に与党の内部が割れている状態なので、国民は党への投票という形では自分の意見を反映できなくなってしまった。
今やほぼ半数の国民が戦争支持という数字と、現地から自信たっぷりに繰り返される勝利の報道で、政府は何とかこのまま乗りきりたいという姿勢だ。しかし私が参加したデモでは、人数は以前よりも少ないにせよ人々の意志とエネルギーは衰えていなかった。しかも数日前に外務大臣付きの法律顧問が辞任した。彼女は30年間も政府の顧問をしており、公のコメントはないが、イラクに戦争をしかけることが合法だという立場にくみすことができなかったからとされている。英国にはイスラム教徒が数十万人いるとされる。イラク人や中東出身者も多い。歴史的なつながりも深い。戦争が長引くほどこの行為に疑いを深める人たちが増えるだろう。英国兵士が死んだりケガをすればそれだけ、国民も苦しむだろう。もともとイラクの人たちを憎んでいるわけではないし、とてつもなく脅威であるはずのサダム・フセインも英国に対して何かしたことがあるわけではないのだから。
最後に一つだけ紹介したい。「体験を通して平和を考える教育者のネットワーク」というものがある。これもインターネットのつながりだ。そこにアメリカ人が爆撃開始前に書きこんだQ&Aの幾つか抜粋する。
- Q: 9.11のテロ攻撃とイラクとの間に立証された関係はあるか?
A: ノー
- Q: 湾岸戦争時の推定市民犠牲者数は?
A: 35000人
- Q: 湾岸戦争時にイラクの攻撃によって起きた西側での犠牲者数は?
A: 0人
- Q: 敗退するイラク兵のうち何人が、アメリカの戦車によって生き埋めにされたか?
A: 6,000人
- Q: 湾岸戦争の後、イラクとクェートに残された劣化ウランの量は?
A: 40トン
- Q: 国連によると、1991年から94年の間のイラク人のガン発生率はどれだけ上昇したか?
A: 700%
- Q: 1991年にアメリカはイラクの軍事力の何割を破壊したと宣言したか?
A: 80%
- Q: イラクが戦争阻止や自己防衛以外の目的で武器を使用する計画を持っていた証拠はあるか?
A: ノー
- Q: イラクは10年前よりも世界平和にとって脅威を与えているか?
A: ノー
- Q: イラクに攻撃した場合にペンタゴンが予測している市民の死亡者は何名か?
A: 10,000人
- Q: そのうち何割が子どもか?
A: 50% 以上
まだまだ続く。これも英語だけれどURLは:
http://www.wilderdom.com/PeaceExperientialEducation.htm
本当はこのメールでは、英国にいて入ってくる情報を、イラク情勢が気になっているだろう人たちにかいつまんで紹介しようとだけ考えていた。
けれど、白旗を上げながら頭を吹き飛ばされて死んでいるイラク兵の写真を見た時に、やはりこの戦争は間違っているとはっきり声を上げたいと思った。
日本の報道でも使われているかもしれないが、その写真を掲載した新聞のイメージをたまたまあと数日ウェッブで見ることができる。本物の新聞ほど詳細が見えないので怖くはないと思う。
http://www.scotlandonsunday.com/
画面右わきのコラムの一番上をクリックしたら大きくなる。
「重要だと思うことに対して沈黙する日に、我々の人生は終息に向かう」と言ったのはマーチン・ルーサー・キングだった。
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